学校の沿革

1920~1979

|1920~1979|1980~1994

 左上旧校舎。時計廻りに、グライダー「雄飛第1号」、初代校旗、学校の石鹸
1920.2.10.(T9) 横浜市の実業家、安部幸兵衛氏の遺志による神奈川県公共事業に対する寄付金百万円を受け、横浜高等工業高校(現在の横浜国立大学工学部)校長、鈴木達治氏が初代校長として本校創立に着手
3.20. 文部大臣より設立許可
3.26. 学則制定、生徒定員商業部250名、工業部350名(機械150、電気科80、応用化学科120)計600名
予科2年、本科3年、5年制甲種実業学校
4.9.~10.

第1回入学試験
定  員 商業部 50名、工業部 70名
志願者 商業部 312名、工業部 221名
合格者 商業部 51名、工業部 73名

4.19. 第1回入学式(於横浜高工)
4.26. 山本政人氏学校長事務取扱を命じられる
12.28. 本校舎、別館建築着手
1921.2.14.(T10) 山本氏学校長事務取扱を解かれ、鈴木達治氏同職を嘱託される
10.28. 校舎(本館)落成
10.29. 開校記念式
1922.3.31. 実習工場完成
1923.8.16.(T12) 本館および別館焼失
9.1. 関東大震災により残存校舎倒壊
11.1. 授業再開(県立第1中校舎借用)
11.17. 第1期仮校舎落成
1924.1.18.(T13) 第2期仮校舎落成
3.31. 全仮校舎完成
1925.1.23.(T14) 第1期復興建築本館(旧校舎)着工
3.17. 第1回卒業式(横浜高工、市立工専、官立、県立、市立3校合同)
1926.1.15. 本館落成
1927.7.18.(S2) 第3期工事(柔道場等)着工
7.31. 別館、実習工場、石鹸工場落成
1928.2.9.(S3) 柔道場、銃器庫、雨天体操場兼剣道場落成
1930.10.20.(S5) 安部記念奨学会発足
10.29. 創立10周年記念式挙行
11.1. 故安部幸兵衛氏胸像序幕式
1931.4.21.(S6) 鈴木学校長事務取扱を解かれる
1932.1.20.(S7) 山本政人氏第2代学校長に就任
3.16. 第8回卒業式(以降本校独自挙行)
1937.8.28.(S12) 第二部設置許可
定   員  機械科30名、電気科20名
入学資格 中等学校卒業者
修業年限  1ヶ年(昼問授業)
9.15. 第1次関東防空演習参加
1938.4.24.(S13) 学校報国団勤労作業初出動
1939.1.12.(Sl4) グライダー「雄飛号」完成(本校グライダー部生徒製作)
6.22. 第2本科設置許可
定   員  電気科80名、応用化学科40名
入学資格 高等小学校修了者
修業年限 2ヶ年(夜間授業)
7.1. 第2本科第1回入学式
7.5. 運動場3,330坪拡張
1940.7.21.(S15) 中里空閑地開墾作業着手
8.18 第2期工事(別館、実習工場)着工
1941.12.(S16) 「校歌」制定
12.27. 第18回卒業式(3ヶ月繰上げ)
1942.3.31.(S17) 第二部廃止
4.18、 アメリカ軍艦載機本校上空飛来(東京初空襲)
12.28. 山本校長辞職、機械科長村上泰助氏第3代校長に就任
1943.6.29.(S18) 学則改正 修業年限4ヶ年とする
商工業部制廃止 科制とする
応用化学科を工業化学科に改称
評価を5段階評価とする
1944.3.14.(S19) 昼問部を第一種 夜間部を第二種、第一種には電気通信科を増設
第二種は機械科・電気通信科増設
修業年限4ヶ年
4.6. 国民勤労報国団協力令により4・5年生の通年動員決定(石川島航空)
4.20. 教育に関する戦時非常措置により商業科1学年は全員工業科に転科
1944・1945年度は商業科募集停止
11.22. 工業化学科3・4・5年生出動(保土ヶ谷化学)
1945.8.20.(S20) 出動学徒退所式
10.11. 各科最上級生中心、同盟休校
1946.2.1.(S21) 学則改正 電気通信科廃止 各学年1学級の商業科設置
3.21. 第二種電気通信科廃止 電気科に合併 第二種工業化学科廃止
1947.3.1.(S22) 6・3制実施のため入学者募集停止
4.30. 村上校長吉田中学校長に転任、座間氏学校長事務取扱を命ぜられる
5.23. 新制度中学校を併設
1945・1946年度入学者を編入
5.31. 座間学校長事務取扱を解かれる
椙山威郎氏第4代校長に就任
1948.4.1.(S23) 神奈川県立商工高等学校と改称
昼間部定員900名
(商業課程300、機械課程240、電気課程240、工業化学課程120)
夜間部定員400名
(機械課程200、電気課程200)
1950.3.10.(S25) 運動場整備中事故
4. 女子生徒商業科入学
カウンセリング、ガイダンス実施
野球部3度目の甲子園出場
10.27. 創立30周年記念式挙行
1951.4.1.(S26) 夜間部に商業課程(定員50名)増設
5.1. 夜間部に通信連携課程を設置
1952.3.31.(S27) 通信連携課程を廃止
5. 3年関西方面修学旅行実施
7. 総合考査(学期末定期考査)実施
10.7. 旧石鹸工場自動車実習工場に改造
1953.3.9.(S28) 通産省告示第80号「旧電気事業主任技術者資格検定規則第7条の2」の例により第3種第1次試験免除学校として認定
3.31. 体育館兼講堂落成
4.1. 夜間部商業科1学級(50名)増加
元自動車実験室を木型工場・元木型工場を機械仕上工場へ転用拡張
1954.3.22.(S29) 女子生徒標準服制定
4. 女子用各種施設設備(~1956)
旧化学科薬品倉庫を理論化学実験室に改造
タイプ部全国高校タイプ競技大会団体優勝
1955.2.3.(S30) 「真杉会」結成
10.29. 創立35周年式典挙行
1958.3.5.(S33) 電気科実習工場増設
3.31. 給食室(食堂)完成
1960.10.29. (S35) 創立40周年式典挙行
1961.1.31.(S36) 椙山校長転職
2.1. 稲毛俊郎氏第5代校長に就任
8.29. 初代校長鈴木達治氏逝去
1962.3.8.(S37) クラブ活動の全員制廃止
4. 定時制機械科定員80名となる
12. 第1回スケート教室実施
1963.1.31.(S38) 校内放送設備完成
4. 定時制商業科定員50名、電気科定員80名となる
4.3. 「生徒生活のしおり」定まる
8. 定時制補食給食(パン・牛乳)を始める
8.3. 第1回学校キャンプ実施
10.18. 体育館兼講堂改築
1964.4.1.(S39) 定時制機械科、通信制との併修による連携教育実施
9.21. 海外移住指定校となる
10.16. オリンピックのため午前授業
1966.4.1.(S41) 定時制機械科、通信制との併修による通学4日コース実施
6. 第1回全校ハイキング実施
7.30. グランド大整備始まる
9.1. 稲毛校長転任、田中信義氏第6代校長に就任
1967.2.15.(S42) 本校移転問題具体化
1969.5.12.(S44) 本校町名地番変更 大岡一丁目14番1号となる
1970.3.(S45) 定時制併修第1期生卒業
4日制コース募集停止
9.1. 田中信義校長勇退 井上栄次氏第7代校長に就任
10.29. 創立50周年式典挙行
1972.8.(S47) 新校舎建設予定地造成工事完了
8.10. 新校舎建築工事着工
1973.4.(S48) 全員クラブ制実施
1974.3.18.(S49) 保土ヶ谷区今井町の新校舎へ移転(全日制)
4.1. 新校舎完成し県より移管
全日制情報処理科増設
電気科情報技術コース設置
定時制商業科募集中止
7.30. プール完成
9.1. 井上校長転任、伊藤良彦氏第8代校長に就任
11.1. 新校舎移転披露式典挙行
1975.3.1.(S50) 定時制新校舎へ移転
4.1. 定時制商業科募集停止
1976.4.1.(S51) 定時制電気科募集停止
1977.4.1.(S52) 定時制機械化募集停止
1979.6.29.(S54) 第1回コミュニティスクール開講
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