■創立~40周年代|■50~70周年代|■70周年以降||■平成16年以降■歴代会長

 

■50~70周年代

  

●50周年代(昭和50年~昭和59年)
 第1次オイル・ショックを契機に日本経済は重厚長大から軽薄短少への産業構造転換を迫られ、第2次オイル・ショック後は長期不況に見舞われ、社会的不安が強まった時代である。同窓会は新しい体制のもとに親しまれ、愛される同窓会として躍進の基礎づくりの活動が積極的に展開された。

 

○総会
 毎年定期的に開催され、51年度は親しまれ、愛される同窓会を目標に、名簿の充実(3年に1回発行)会報年2回発行など具体的向上策を立案。52年度においては企画、名簿、会報の3専門委員会を発足、年会費制導入など体制を強化。53年度会則の全面改定、会計規定の制定。54年度は若い同窓会の総会。55年度終身会費制の実施、事務局強化のため大岡事務所の開設。56年度同窓会創立60周年記念行事の取り組み。57年度創立60周年記念誌編集委員会の発足、文化教養講座の開設。58年度商工OBチェーン店の組織、第1回世代別合同クラス会開催などである。

 

○会報
 51年度の総会で決定された年2回発行で紙面充実。
各号の特出し記事は27号「意欲的な役員!親しまれる会に」、28号「同窓会改革に乗り出す」、29号「企画、名簿、会報3委員会が発足」、30号「再建を目指す委員会、年会費・名簿も具体化」、31号「年会費制実施へ」、32号「親しまれる同窓会へ」、35号「身近な同窓会と若い同窓会の総会提案」、36号「母校創立60周年を迎えるに当って」、37号「母校創立60周年記念行事に参加と同窓会発展に協力を」と訴える。42号「タテとヨコの繋がりを深めるために世代別合同クラス会の予告、文化教養講座の案内、商工OBチェーン加盟店の紹介、会員相互のミニ通信欄が新設、さらに一期一会欄が設けられた」、43号より8頁建てになり「同窓会創立60周年記念誌商工賛歌の原稿募集」、45号「同窓会会名、愛称を募集」、46号「同窓生1800名の大いなる歩み」、47号「堂々の歴史輝く60年の実り結集す、'総会のスナップ写真」など多彩な活動の実態が紹介された記事で埋められた。

 
○母校への後援
 母校が保土ケ谷区に移転した際に「名教自然の碑の建立、安部幸兵衛翁の胸像」移設に協力。また母校創立60周年を記念して進路指導室充実の一助にファイル(会社別資料綴り)1,000冊を寄贈。

 
○その他
* 昭和52年情報処理科1期生87名同窓会員となる。
* 昭和50年会員相互の親睦を深め、会の発展を期するために、同窓会館を建設しようとの意向が打出され、建設委員会を設置し、多面的に検討されたが、条件が整わず会館建設は実現を見なかった。
* 昭和50年会の充実・飛躍・発展させるには資金が必要であることから、同窓会活動振興募金が500万円を目標に実施された。会員のご協力により目標額を超える645万円の募金があり、同窓会活動の財政的基盤が確立された。
* 昭和52年岡村製作所の指導と母校情報処理科の協力を得て、コンピュータによる年会費、会員住所の管理を実施した。これにより会報発送、年会費処理の合理化に役立っている。
* 昭和58年6月、第1回(全日制30~34期、定時制商1~3期機・電5~9期)。昭和59年10月、第2回(全日制1~29期、定時制16~27年卒)の世代別合同クラス会が実施された。
* 昭和59年3月18日同窓会の運営に新機軸を画され、今日の隆盛の基盤を築かれた、第4代会長吉原謙二郎氏が急逝された。同年12月22日吉原前会長の築かれた実績をさらに発展充実させ、会の活性化に意欲的に取り組まれた第5代会長中村洋六氏が任期途中で忽然永逝された。 
 
●60周年代(昭和60年~平成7年)
 60年代前半の日本経済は金余りのバブル時代を迎え空前の好景気に躍動したが、平成3年を境に泡沫一転して不況に陥り、リストラ、価格破壊などの流行語が聞かれ時代の深刻さを物語っている。また昭和天皇の崩御により元号が平成に改まった。同窓会は60周年を迎え、盛大な記念行事・事業が催され、会の愛称が「雄飛会」と決定、記念誌「商工賛歌」の発刊、さらに婦人部会が発足するなど、同窓会史上画期的な活動が展開された。

 
○総会
 この期間総会は定期的に開催された。特記すべきことを挙げると、60周年記念総会を6月23日ロイヤルホール・ヨコハマで開催、来賓・恩師を含めて215名が出席。60年の歴史と伝統を踏まえた充実した記念総会であった。61年度総会では役員の若返り、婦人部の活動推進、他校同窓会との交流促進、企業内商工会への働きかけの確認と2名の女性副幹事長の登用承認された。平成2年度では母校創立70周年記念行事に協賛・後援。平成5年度は昭和58年度より利用していたヨコハマ・プラザホテルから会場をブリーズベイホテルに移して開催。同窓会創立70周年を2年後に控えて記念事業実行委員会を発足させ、気分を新たに70周年に向けてスタートした。

 

○会報
 会の愛称が「雄飛会」と決ったことにより、会報名を50号より「雄飛」と改名、さらに56号から掲載写真がカラー化され一段と充実した。各号の主な記事を挙げると、48号「同窓の友よ益々の雄飛を!和のこころ」、49号にて「副幹事長に女性2名就任」、54号「特報弘明寺校舎全面取り壊し決定」、57号「母校創立70周年記念特集」、58号「弘明寺校舎跡地に建設される大岡健康プラザの完成予想図、弘明寺校舎の思い出の記事」、60号「懐かしの街弘明寺界隈の写真特集、真杉会の集い、グライダー雄飛1号機誕生逸話」、62号「大岡健康プラザ完成、相鉄沿線支部の発足」、63号「友好の対戦半世紀、伝統の商工・Y校OB野球戦、同窓会費納入のお願いを同封」、64号「同窓のよしみ、共通の言葉で語る第1回雄飛会懇親の集い、古資料室の紹介、会費納入のお礼を同封」、65号「歴史と伝統に彩られた晩秋の大原三千院の芸術写真と創立70周年記念パーティーを予告、記念事業に取り組む実行委員会を紹介」、また商工歩こう会の名リーダーだった門倉賢氏の訃報を伝えた。

 

○母校への後援
 母校創立70周年記念にグランドピアノ1台、鈴木煙州先生肖像画複製、冊子「名教自然」4000部を寄贈した。

 
○その他
* 平成4年度学科改編により国際経済科が新設され、7年度1期生42名同窓会員となる。。
* 弘明寺校舎の取り壊しについて校舎保存を市に陳情、願いは適えられなかったが、市当局の厚意で建設された大岡健康プラザ正面玄関は旧校舎のものが再現した。
* 昭和60年1月、婦人部主催でダンスパーティーが開かれ、これを機に毎年12月に開催され年を追うごとに盛り上り平成4年まで8回行われた。
* 平成5年1月ダンスパーティーに代って「雄飛会懇親の集い」が大岡健康プラザで企画され、共通の言葉で語る楽しい雰囲気の会が実施された。この催しは平成6年度も引続き開催された。
* 昭和63年12月、第3回(全日制40~50期、定時制商9~14期工15~20期) 平成2年7月、第4回(全日制商4~8期工10~14期)世代別合同クラス会が実施された。
* 昭和61年3月6年間会務処理上重要な役割を果した大岡事務所を閉鎖。
* 昭和60年より婦人部主催の歩こう会が企画され、春・秋年2回現在まで18回を数え、毎回盛会裡に実施されている。実施状況は別掲のようである。
 
○名簿の発行
 同窓会事業の一つとして会員名簿の発行があるが、発行は原則として3~5年毎になっているが、戦前に発行されたものについては実態が不明だが、戦後は次の年度に発行されている。昭和25年、30年、34年、39年、43年、53年、56年、62年、平成4年の計9回。因みに平成4年度に発行された最新版は会員数20,447名を収録、ページ数676頁、写真は一部カラー、化粧ケース入り上製本の立派なものである。

 

○おわりに

 同窓会70年の歩みを10年毎、会の事業を中心にまとめてみたが、紙面の都合上細部に亘って記述し得なかったので、飽くまで梗概であり同窓会史の全容とはなり得ないことを了解していただきたい。同窓会史については、同窓会創立以来、母校の「自由教育10年史」、「30周年特別号」、「40周年記念誌」、「50周年記念誌」、「60周年記念誌」、「70周年記念誌」、「同窓会創立60周年記念誌・商工賛歌」の中に身を寄せて会史が綴られいるが、執筆者が異なるために内容も一貫性を欠いているように思える。70周年を迎えたのを機に、記念誌などに身を寄せることのない、「同窓会史」の編集に会員の皆様の協カを得て取り掛かりたい。
  幹事長 久保田文雄 記(平成7年5月1日発行、雄飛特別号より)
  商工歩こう会の歩み
 
 回数 実施日 行き先 参加人数
  1 昭和 60.04,14 鎌倉源氏山公園付近 14名
  2 60.11.23 北相模路、城山湖 23名
  3 61.04.19 鎌倉ハイキング 25名
  4 61.11.23 箱根二子山周辺 26名
  5 62.10.25 弘法山史跡めぐり 20名
  6 63.04.24 三浦富士~武山へ 34名
  7 63.10.16 鎌倉アルプス~大丸山へ 37名
  8 平成 1.04.16 雨天中止  
  9 1.10.15 日向薬師~七沢森林公園へ 43名
  10 2.04.15 高麗山~湘南平へ 47名
  11 2.10.14 足柄峠周辺 24名
  12 3.04.21 鎌倉寿福寺から大仏裏山へ 52名
  13 3.11.10 葉山仙元山~しおさい公園へ 32名
  14 4.04.19 奥湯河原~白雲の滝へ 31名
  15 4.10.25 称名寺から金沢公園へ 47名
  16 5.04.18 城ヶ島 32名
  17 6.04.30 白根不動~白根大池公園へ 37名
  18 6.10.16 神武寺~鷹取山へ 29名 
  
久保田 文雄
 
工業化学科 第23期卒業   

長く、母校の教壇に立つ    

同窓会、企画委員長、幹事長を歴任

平成8年5月7日没

 

 

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